昔、祖母と山へ入り
山ぶどうを採ったことがある
小さな実を一粒一粒集める作業は
子供ながらに宝探しのようで
やけに楽しかった記憶がある
そのぶどうで
祖母が葡萄酒を作ってくれた
出来上がったそれを
ほんの少しだけ試飲させてもらったのだが
…あの味が、今でも忘れられない
甘いとか酸っぱいとか
そういう単純な言葉では言い表せない
「えもいわれぬ美味しさ」だった
そして大人になり
ある日、赤ワインを飲んだ時にふと
その記憶が蘇った
「ああ、あれに近い」
もちろん、あの時の感動には届かない
それでも、どこか懐かしい気配がある
そうなると人間は単純なもので
「もっと近いものがあるのではないか」
と思い始める
そこからしばらく
私の“赤ワイン探しの旅”が始まった
スーパーでも酒屋でも
見つけては買い、飲み、首をかしげる
「違うな」「これはこれで美味いが違う」
「惜しい」気づけば、家には空き瓶が並ぶ
しかし、あの山ぶどうの味には
ついぞ辿り着けなかった
まあ、そういうものだろう
思い出というのは
たいてい現実より少しだけ美化されている
…と、すっかりそのことを忘れてた数年前
何気なく飲んだブランデーが
妙に美味しく感じられた
「これは何だろう」と調べてみると
ブランデーはワインを蒸留して作るという
なるほど、さもありなん
こうして私は
今度は“ブランデー探しの旅”に
出ることになった
思えば、あの山ぶどうのお酒の一口が
すべての始まりだったのかもしれない
味の記憶というのは不思議なもので
時を越えて蘇り、人を動かし
時には財布の紐まで緩めてしまう
そして気づけば、ワインからブランデーへ
記憶までもが蒸留されていく
ただ一つ、確かなことがある
どんなに美味い酒に出会っても
祖母が作ってくれた、葡萄酒の味だけは
きっと一生、超えることはないのだろう
だから今日も私はグラスを傾けながら
ほんの少しだけ
あの頃の自分に近づこうとしている
…いや、もしかすると単に
飲む口実にしているだけかもしれないが…
