ついつい大きい方

いつの頃からだろうか。
私は、何でも「大きい方」を
選んでしまう人間になっていた

思い返せば
就職して最初に買ったのが
やたらと場所を取るフロア型ステレオ

まだ給料も安い頃に
「大きい事はいい事だ」と
見栄を張ったのが始まりだったかも

それ以来、何かが壊れるたび
買い替えるたびに
サイズは一回りずつ成長していく

座卓やテーブルもどんどん大きくなり
今は妻と二人暮らしなのに
長さ210cmのテーブルが鎮座している

テレビも、気づけば65インチ

車も同じ道を辿った。最終的には4300cc

お断りしておくが、私はお金持ちではない
何でも安く買ったのを自慢する人間だ

テレビも車も、もちろんそうだ
聞いたら信用されない値段で手に入れた

そういえば、ある日
ラッキービーンズとも言われている
「世界最大の豆、モダマ」を見つけた私は
当然(?)のように大量購入し
プレゼントして回った


もらった側は微妙な表情だったと思うが
そんなのはお構いなしである

「大は小を兼ねる」というが
私の場合、「大はだいたい持て余す」

縁起の良い珍しい木という事で
300kgの丸太を一本買いしたり

「手首の運動にもなる」と
10kg近い巨大な知恵の輪を購入したり

…結果は、言うまでもない
もてあまし、“しまったまま”になった

こうして振り返ると
私はどうやら「使うため」も勿論あるが

大きいものを見つける。安く手に入れる
その満足感の方が勝っていたのかも

私はいつの頃からか
「ちょうどいい」をどこかへ置き忘れ
「特大はこちら」の方へつき進んでいた

引き返そうにも、すでにゴール間近だ

…まあいい。せめて最期くらいは
“ちょうどいいサイズの棺桶”に
入れることを願うばかりである