赤いももひき

昔々まだ若い頃
自分は何者にでもなれると
思っていた頃の話だ

当時の私は
どこへ行くにもギターを抱えていた

腕前は、といえば
人様に聴かせてどうのというレベルで無く
気持ちだけが一人前のフォークシンガー

社員旅行の温泉にもギター持参
歌うのは、もちろん、拓郎の「旅の宿」

秋田の男鹿半島へ出かけた時などは
今思い返してもなかなかの破壊力だ

足元は、当時流行の高さ10センチ以上の
ポックリのようなサンダル
下は真緑色のパンタロン
もちろん、ギター持参

よくまあ、あんな格好で旅に出たものだ
景色より私の方が目立っていたに違いない
そして、そんなサンダルで
捻挫をしなかったのはラッキーだった

そんな“自分が主役”の時代の、ある休日

私はというと、さらに気合いが入っていた

真っ赤なスリムのジーパンに
真緑色のダブルのジャケット

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今でいうなら「全身クリスマス仕様」
とでも言えばいいのか
とにかく色のケンカが激しい

その格好で、当時駅のホームにあった
立ち食い蕎麦屋…
いわばkioskのような店に入った

食券を出し、何食わぬ顔で蕎麦を待つ

すると、店のおばちゃんが
ちらりと私を見て、こう言った

「なんだい、赤いももひき履いて
 どこに行くんだい?」

…やられた、と思った

その一言で、私の中の“フォークシンガー”は
音もなく崩れ落ちた
スリムジーンズでも何でもない
あれは、ももひきだったのだ

しかも赤い

それまで自分では、どこか“格好いい側”
に立っているつもりでいた
少なくとも、奇抜ではあっても
ダサいとは思っていなかった

だが、世間の評価というのは
かくも容赦がない

赤いももひきの男

その日以来、私の中でのファッションは
ほんの少しだけ謙虚になった
……気がする

いや、もしかしたら今でもどこかで
ギターを抱えたあの頃の自分が
「それでいいのか」と言ってるかもしれない

ただひとつ言えるのは…

あの頃の私は、間違いなく自由だった

そして、”赤いももひき”もまた
あの時代の、私の正装だったのだ