当神社の由来

豆金ねこ神社の由来

これは、神社管理人の私が
実際に体験した出来事です

今からおよそ二十年ほど前
まだ春の気配が、かすかに漂い始めた
早春の朝のことでした

私は日課のジョギングで
農業用の堰(せき)に沿った道を
走っていました

そのとき、堰の方から
流れの音とは違う
必死さを帯びた気配を感じました

目を向けると
一匹の猫が流されていたのです

堰は両側が垂直なコンクリート
猫は岸にたどり着いても
よじ登ることができません

ただ必死に泳ぎながら
下流へ、下流へと流されていきました

私は川岸から手を伸ばしたり
木の枝を拾って
引き寄せようとしたりしました

しかし
「もう少し」という所で
どうしても助けられません

猫は次第に力を失い
浮いたり沈んだりしていきました。

「このままでは助からない」

飛び込んででも助けなければと
思ったその時

身を乗り出せば
手が届きそうな場所が目に入りました

もう、堰に落ちてもいいや、という覚悟で
思い切り身を乗り出し
伸ばした手に、

ついに猫の足を捕まえる事ができました

「助けられた」

引き上げた猫は
冷え切り
息も絶え絶えでした

私は少しでも温めようと
猫を懐に入れ、家へと駆け戻りました

風呂場に直行し
温めようとしたとき
猫の口からは舌が垂れ下がり
手足は硬直し
呼吸も止まってしまいました

「ああ!間に合わなかったか」

そう思った、その時

そばで見ていた妻が言いました

「心臓マッサージを!!」

こうなってしまっては
もう無理かもしれない
一瞬そう思いながらも

温かい湯をかけ
心臓のあたりを
力を加減しながら叩きました

すると奇跡のように

垂れ下がっていた舌が
少しずつ口の中へ戻り
硬直していた手足が
ふっと緩んだのです

私はすぐに猫を抱え
服を着たまま湯船に入り
湯を足しながら
ただひたすら温め続けました

やがて、小さく、しかし確かに

「ニャー」

という声が聞こえました

体を拭き、炬燵に寝かせると
猫は静かに呼吸を整えていきました

見ると、首には
金色に輝く小さな鈴のついた首輪

きっと誰かの大切な家族だと思い
堰の上流にある家々を
一軒一軒、訪ね歩きました

そして
無事に飼い主の元へ
返すことができたのです

私の心は
安堵感と、達成感
そして満足感で満たされました

それからのことです

「猫の恩返し」
・・・そうは言えないかもしれません

けれど
この出来事の後を振り返ってみると
そう思えてならないのです

まず、それからほどなくして
友人に誘われて
新しい事業を始める事になりました

大きく成功したわけではありませんが
経営は穏やかに
着実に続いていきました

東日本大震災
原発事故という
大きな試練の時代を経ても

事業が傾くことはなく
約十年前
無事に次の世代へ引き継ぐこともできました

また、私たち夫婦も
子どもたちも

この二十年間
大きな病や事故に見舞われることなく
小さな幸せを感じながら
暮らしてくることができました

現在は、妻と
十六年前の夏に生まれた
二匹の姉妹猫とともに

静かで穏やかな日々を過ごしています

助けることが出来た命と
それによって満たされた心

あの日の堰で交わったご縁が
今も私たちの暮らしの中に
そっと息づいているように感じています

さらに、もう一つ
私が静かに感じ続けていることがあります

それは
あの猫を助けた出来事を境に

私自身だけでなく
私の周りでご縁を持った人たちにも
小さな福が訪れているように
感じてならないことです

大きな幸運や
劇的な出来事ではありません

ただ
病や事故を免れたり
軽く済んだり
物事が悪い方に向かわず
穏やかに進んでいるなど

気づけば
「何事もなく過ごせている」・・・

そんな日々が
静かに広がっているように思えるのです

この猫神社は
そんな
人から人へと広がる
穏やかなご縁への感謝から
生まれました

どうか
ここを訪れた方にも

気づけば胸の奥が
そっと満たされるような、
そんな福が
訪れますように

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